【3月17日】赤池誠章先生 ディベート大会
○Y.Nくん(東京大学大学院)
赤池誠章先生(前衆議院議員、松下政経塾第7期生)による
ディベート・トーナメント大会に今回は参加させて頂きました。
ディベートの議題は「日本はCO2 25%削減を実地すべし」
前日:武田邦彦著の"「CO2・25%削減」で日本人の年収は半減する"を読んで、情報集めを事前にする。
意外と知らない事実がたくさん書いてあることに気づく。
CO2削減の日本の姿勢には、政治的なからみがとても多いという印象を受けた。
今回のようなディベート大会という機会があったため、
新たなことを知ることができたのだと思う。
当日:ディベート大会は事前に決められたチームに分かれてトーナメント方式で戦う。
前回のディベート基礎講座にも僕は参加していたので、ベン大生でなかったが、特別にチームに入れてもらう。
ベン大生の卒業記念ディベート大会なのに、ありがとうございます!
ちなみに僕のチームは、ベン大一期生の中村さんと河田さんでした。
そして講師は、前衆議院議員の赤池誠章先生。
過去に弁論大会で優勝したことのある先生でいらっしゃるので、
初心者ばかりのディベーターが集まる場に来て頂けるとはとても貴重なこと。
そして、あまり時間は無かったがまずはチームで作戦会議。
お互いが事前に用意してきた議題の賛成・反対案を確認。
しかし、明らかに準備不足であることを感じる。
ディベートの主張の柱ともなるデータの用意が少なかったり、
立論ももっと事前に考えておくべきだと思った。
後でも書くが、実際にこのせいでディベートがしづらかった。
その後、お互いにチーム名を決めて、それを公表した。
僕のチーム名は"打首"です。
相手の首を取るつもりで頑張ろうということで、
このような変わったネーミングになってしまいました。
あみだくじの結果、チーム打首は一試合目から戦うことになりました。
立場としては、"否定派"。
この結果は僕としてはうれしかった。
なぜなら、準備のために読んできた本が、完全に否定派の立場の人が書いた本だったから。
試合前に、チーム内で、立論者・第一反駁者・第二反駁者の3役を決め、僕は第二反駁者となった。
ちなみにディベートの時間配分は
肯定側立論6分
否定側質問3分
否定側立論6分
肯定側質問3分
否定側第一反駁4分
肯定側第一反駁4分
否定側第二反駁4分
肯定側第二反駁4分
合計34分
1チームにつき作戦タイムを1分間2回取ることができる。
そして試合開始。
まずは相手の立論から。
相手の立論は否定派としてはとても大事なものになるので、
一生懸命メモし、攻められそうなところを探す。
相手チームの立論で、哲学としては、
「地球環境保全と日本の責任」を主張。
事前に読んできた本にこれを否定する意見がたくさんあったので、「これなら攻められる!」と思う。
次は、否定派の反対尋問。
僕は相手が示した地球温暖化を示すというデータが虚であることを示したかったので、それを主張するために必要なことを相手から聞き出そうとする。
思惑通り、相手は地球温暖化を示すデータとしては不足していることを確認。
そして、こちらの立論の番。
しかし、開始早々「作戦タイムを取っておけば良かった...」と後悔する。
しっかりとここで、相手チームの立論を反映した自チーム側の立論をお互いに確認すべきだった...
その後のわれわれのチームに対する相手チームの尋問時間が終わったあと、
お互いに反駁(他の意見に対し論じ返すこと)をし合う。
できるだけ論理的に相手の主張をくずそうとお互いが一生懸命に意見を言う。
数値的なデータも織り交ぜながら主張をしていった。
しかし僕もそうだったのだが、相手の論点に対する議論をすることがとても難しいと感じた。
やはり初心者だったこともあるのか、実際に議論がかみ合っていた部分は少なかったと思う。
そして時間配分もうまくできてなかったのは大きな反省。
1分近く時間を残して終わってしまうことも。
時間配分の悪さに関しては、僕のチームが相手よりも下手だった...
逆に良かった部分として、純粋にディベートを楽しめたことがある。
論理的に述べることは難しいと感じたが、相手の意見をひっくり返そうと必死になっているときはとても楽しかった。
ディベートの醍醐味を味わうことができただけでも、本大会に参加した意味がある。
そうこうしているうちに、相手チームの最後の反駁も終わり、ディベートが終了。
そして審査の結果...
6-1で負けました...
審査員の意見で多かったのが、やはり最後の相手チームの反駁者であるベン大生の高橋くんの雰囲気。
審査員に語りかけるように、また絶対の自信を持って話していたことが良かった。
実際僕も、彼が話し出した瞬間、「まずい...」と思うぐらい焦った...
そしてやはり票は彼のチームに偏った。
この話し方という部分に関しては、僕はとても弱いので、今回のディベートで良い気づきを得ることができたと思う。
すべての試合が終わって優勝チームが決定したあとは、赤池先生による講評。
ディベートでは何が大事かをみんなと一緒に話し合った...
・情報
・誰に向かって話すか
・話の構成力、ナンバリング、ラベリング
・時間配分
・相手の主張を良く聞く
・駆け引きー話し方の技術を知っていれば相手にだまされない。
・言葉の使い方...などなど...
ビジネスでも絶対に活かせるディベートなので、少しずつでもディベート術を磨いていきたいと思いました。
最後に、赤池誠章先生、今元局長、秘書の田中さん、ベン大生のみなさん、聴講生の方々には今回大変お世話になりました。
ありがとうございました!
【3月5日】赤池誠章先生 『ディベート学』
○大阪恭史くん(W大学)
本日、縁あって日本ベンチャー大學の講義に参加させていただきました。
講師は前衆議院議員の赤池先生。議員の方と触れ合う機会もほとんどないため、とても貴重な時間でした。
講義は、ディベートの基礎ということで、論理的思考と表現能力を理論と実践で身につけるということでしたが、学んだことが3つあります。
1.普段、自分は何も考えずに情報を浴びていたこと
2.意見を伝えるために、まず自分のなかに論理構造を確立すること
3.相手に伝えるには、分かりやすい言葉の選択と言葉の蓄積が必要であること
普段、相手に何かを伝えるためのコミュニケーションツールは、ほとんど携帯やPCのメールで済ませているため、私は論理構造に気を遣うことはありませんでした。
そのため、テーマの設定から定義、問題点などを自分で整理することだけで精一杯になり、発表にはかなり苦労しました。
しかし、赤池先生の寛大な導きでなんとか立論の形にでき、ほっとしました。
赤池先生の説得力のある講義を受けられたことは、今後さまざまな場面で役立つ能力だと思います。
日本ベンチャー大學1期生の方は、非常にモチベーションが高く、人間的にも輝くものを持っていたので、とても貴重な時間を過ごさせていただきました。
改めて、感謝申し上げます。
ありがとうございました。
○Y.Nくん(東京大学大学院)
本日はベン大の講義に参加させて頂きありがとうございました。
本日の内容は、
①前日にベン大で講義をした吉田万里子選手に教わったという体幹チューニングを
体験させていただきました。
②日経アウトプットをしました。
③赤池誠章先生によるディベート基礎講座を受講しました。
でした。
これらについてアウトプットしたいと思います。
①前日にベン大で講義をした吉田万里子選手に教わったという体幹チューニングを体験させていただきました。
ベン大生の方々に、前日吉田万里子選手に教わったという体幹チューニングを教えていただきました。
これを行うと重心が安定して、体のバランスが良くなるとか。
実際に体験してみると、直立したときの姿勢が体験前よりも安定するようになりました!
これにはびっくりしました!
ただの勉強と違い、実技も学べるのがやっぱりベン大のおもしろいところだなと思いました。
幅広い視点がつきそうです。
②日経アウトプットをしました。
日経新聞を読んで、気になる記事について自分の意見を言い、
それについてみんなで議論するというものです。
私は、山近社長のカバン持ちをきっかけにエグゼというプログラム
(ネットで、日経新聞を読んでそれについて自分の意見を書くというもの)に参加させて頂いていました。
そのため、半年間続けたこの成果をこの場で試してみたいとも思いました。
すると、自分でも信じられなくらいでしたが、
自分の意見を述べて、議論できている自分がいました。
びっくりです。
半年間エグゼで鍛えられたおかげです!ありがとうございます!
そして今日は"日本は自分の国を守るために、再軍備すべきかそうでないか"などで議論が白熱しました。
みなさん積極的に手を挙げて意見を言っていたことが印象的でした。
この毎朝の日経新聞のアウトプットは、
他人の意見を聞いて新しい見識を得られるし、
どうやって議論を盛り上げようかの工夫も覚えることができるので、
将来ビジネスでとても役に立つと思います。
③赤池誠章先生によるディベート基礎講座を受講しました。
赤池誠章先生は、前衆議院議員で過去にディベート大会で学生日本一に
なったことのある方です。
そんなすごい経歴の方から直接ディベートについて教えてもらえるということで
非常に楽しみにしていました。
赤池先生が作成した資料を使って今日は学んでいきました。
ディベートの歴史はなんと3000年前から!
古代ギリシャ・ローマで行われていたようです。
知識と違って、ディベートの思考技術は年月が経っても使える。
身につければ一生の財産になるということで、
やる気がいっそうわく。
日本では、明治維新後に福沢諭吉が演説の大事さを主張していたが、
結局普及せず今日に至ったようです。
国際社会でも日本人同士でも、一方的な言い合いばかりの議論ではなく、
論理的に話し合うディベートが今必要となっているとのこと。
国際化が進み、多様なバックグラウンドを持つ人が増えた現在、
ディベートの必要性は私もリアルに実感している。
ディベートの必要性を再認識。
ディベートでは、意外かもしれないが、"良い聞き手になる"能力が
身につく。
ディベートでは必ず相手の意見に反論しなければならないので、
正確に相手の言おうとしていることを把握しようとします。
そのため、相手の意図を把握するという能力につながるようです。
そういえば、内定先の社長も"相手が何を考えているかを知ることが
大事だ"と言っていたのを思い出しました。
やはりビジネスでは良い聞き手になることは重要で、
それを磨けるディベートもとても大切だと感じました。
ディベートでの立論の方法を学びました。
1 主張
2 データ(証拠資料)
3 論拠
まさに理系の科学論文の形式と同じ!!
ディベートは応用が広そうです...
ディベートを練習したら、研究成果をうまく主張できるようになる
だろう。
途中で、実際に主張・証拠・論拠に分けるという練習問題に挑戦。
みんなで挑戦したのですが、赤池先生によって、
正直、私は自分の語彙力不足を感じました...
正確な言葉が簡単に出てきません...
そして昼休憩後の午後からは、実際に一人一人が日経新聞の記事を利用して、
具体的な論題を作ってそれを詳しく分析するという作業をしました。
私もベン大生もひたすら赤池先生に突っ込まれる...
具体的に表現することのむずかしさを実感。
それに対して、赤池先生は、学生たちの表現を次々と具体的で正確な単語に
直していきました。
この赤池先生の"相手が何を言おうとしているか。"を把握する力は
並大抵のレベルじゃないと感じました。
さすがは政治家...プロは違うなと思いました。
これで本日の講義は終了しました。
講義自体もおもしろかったですが、私個人としては、
ディベート大会で日本一になったことのある赤池先生の話術を
聞けただけでもとても価値がありました。
本当に久々にすごい人に会えたと思いました。
私は、来月から新社会人生活が始まります。
この講義で得たことや今までのエグゼで鍛えたアウトプット力を使って、
ビジネスの場で活かせるよう努力していこうと思います。
赤池先生、ベンチャー大学関係者のみなさま、ベン大生のみなさま、
本日はベン大講義に参加させて頂き、ほんとうにありがとうございました。
【2月23日】山近義幸理事長代行『読書学』&藤本将行社長『独身男児の美学』
○中川奈津子さん(公立はこだて未来大学大学院)
昨日はありがとうございました。
日本ベンチャー大學では終始勝手が分からずおろおろしていました。
掃除の時間でも、企業の方と話せる空時間でも無駄に時間を過ごしてしまった気がします。
しかし、知っていただけだったベンチャー大學に自分が参加していることに、緊張よりも興奮しました。
このような機会をくださり、ありがとうございます。
藤本社長はこの大学で話すことで勉強させてもらっていると仰っていました。
第一線の人が常に勉強していること、謙虚であることが第一線で活躍するために必要なことだと知りました。
日本ベンチャー大學のような大学がこれからもっと増え、何年ヶ後に「あー先駆けになった日本ベンチャー大學ってあったなー」と言われるようになるだろうという話を説明会でされていました。
私はこの話を聞いたときなぜだか泣きそうになりました。
ベンチャー大學の存続よりも流れを作ることを優先して考えられていて、このような学校が増えるのであればベンチャー大學がなくなっても構わない(仕方ない)というように聞こえました。
将来を見越し、今必要なものを今つくるということの重要性と苦労を知りました。
大學を作る際多くの人に反対されたと話されていましたが、それでもやり遂げ、現在多くの企業の方々に支えられています。
周りに反対されることをやるのが成功のチャンスだと仰っていましたが、それは想像もできないほど大変なことだと思います。
私は、周りの声に影響を受けやすいので、その分いろいろなチャンスを逃していたのかと思うともったいないことをしていました。
これからは周りのアドバイスを聞くことと、自分で思ったことをやり通すことのバランスを考えて物事に臨みます。
この一日はこれまでの何日分にも相当するほど中身の濃い一日でした。
企業の人に質問できない、同行しているのに社長に質問できない等、チャンスを活かせなかったり、
質問力がなかったり、積極性がなかったり、気が利かなかったりと自分に関することばかりが目につきました。
せっかくめったにできない経験をしているのだから、もっと外に目を向けようと思いました。
(中略)
本当にありがとうございました。
丁寧な文字とにこやかな表情を心がけます。
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公立はこだて未来大学大学院
システム情報科学研究科
博士(前期)課程 1年 中川奈津子
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【9月25日】白洲次郎学@武相荘
○大坂潤之助くん(比治山大学)
今回のナマナマナマシイ講義のお蔭で今の自分の現状を打破できそうです。
山近社長はじめ、ベンチャー大學事務局様等お骨折り頂いた皆様に感謝の気持ちをこめてアウトプットさせて頂きます!!
お手すきの時にでも読んで頂けたら幸いです。
お忙しいとは思いますが、どうぞお体ご自愛下さい。
それでは、いきます!
「白洲次郎」
この名前を聞いてピンとくる人がどれだけいる
だろうか?
たぶん、昔の人もそんなに知らないと思う。
白洲次郎は、語弊を恐れずに言えば正に今の
日本を作り上げた人である。
又、「野人」・「最も従順ならざる日本人」・「Mr. Why?」「昭和のラスプーチン」等と多くの異名を持った非常に魅力あふれる人物である。
日本には、白洲次郎さんのように現代の日本の創設に
大きな関わりをもった重要な人物がまだまだいる。
日本の教育は、大事なことを教えないことなのかと
首を傾げたくなる。
「武相荘にて」
まず、読み方はぶあいそうである。
自分の住居にこのような屋号を付けるところがいかにも、英国仕込みのユーモアの持ち主だった白洲次郎さんらしい。
現地に行って最初に気付くことは、母屋が今ではほとんどお目に掛れない茅葺き屋根で葺かれていたことだ。
ここで、ベンチャー大學の後藤虎南くんが
茅葺き屋根の大変さを熱心に教えてくれた。
【半年に一回は葺き直さないと腐る等】
この屋根を見ることが出来ただけでも非常にラッキーだった。
母屋に面して、立派な竹林があり日本の住まいの美しさに時を忘れた。
【百聞はリアルに如かず】
母屋の中は、外見と打って変わってその当時の最先端の高級品などの調度が所狭しと並んでいて面白かった。
【流石、カントリージェントルマン】
本物の金持ちは、質素な暮らし向きの中で、すべてが超一流のモノに囲まれている生活だとしる。
どこかの成金等には分からないだろうなあ。
寝室には、妻 正子(この人も、大変な芸術家である。)
の所有物だった着物がまるで、ブティックのようにお洒落に展示してあり目を奪われた。
隣に、囲炉裏のある和室があって覗くと見たこともないマツタケが展示してあり、「秋はやっぱりマツタケ!」と娘さんの牧山桂子さんの文章が引用されていた。
白洲次郎さんも正子さんもマツタケが大好物で秋には良く食べていたと述懐してあった。
しかも、娘が鍋係で、親は食う役だったらしく当時の状況が目に浮かぶようだった。
進んで、正子の書斎があり、本棚の中身はほとんどが仏教系の難しい本で、他には、日本の文化、伝承、神、精神、芸能などのジャンルが網羅されていた。
中には、友人の小林秀雄の「考えるヒント」が規則性を感じさせずに納まっていた。
仕事机は、立派な樫の木のようであった。
足もとが、寛げるように掘りごたつ方式になっていた。
机の上には、当時非常に珍しかったはずのテレビが置いてあって驚いた。
【仕事部屋は工夫して自分のやりやすいようにする】
リビングの下にも当時では珍しい温床(オンドル)になっていてその上にペルシャ絨毯というお洒落振りである。
母屋の調度は名目利きの青山次郎の弟子であった正子の選び抜いた本物と、次郎が妻のために作った、
箒入れや、机等が絶妙のバランスで存在していた。
【次郎と正子のセンスの融合】
母屋を出て、隣の建物の二階に行く時そでが触れ合った縁で東北出身というおじいさんとしばし談笑させて頂いた。
おじいさんは、白洲さんが東北電力の初代会長を務めた時の株式配当券を昔見た気がするとおっしゃていて歴史が急に身近に感じられた。
ありがたいご縁でした。
受付に戻り両親へのお土産を選んでいるとある雑誌が目に止まった。
その中の写真と文章によると白洲さんの衣鉢は、故郷の兵庫県三田市にあるという。
しかし、交友関係の広かった人だけに、関東の偉人のために、母屋の前の林の中に衣鉢塔として石灯籠が置いてあるということだった。
正子さんの細やかな心遣いに心が熱くなった。
運よく衣鉢塔のことを知ったので、林の中に入り
手を合わさせて頂いた。
【どこにも衣鉢塔等と書いてないところが白洲さんらしいと思った。】
武相荘に行って感じたことは本物に触れる大切さ、現地の空気を吸い、土を踏みしめ会話することの当たり前にみえる大切さであった。
自分の生き方の見本にしたい人物の白洲次郎さんの生前に過ごされた武相荘は、また是非訪れたい場所の一つになった。
乱文をここまでお読み頂き有難う御座います!
【9月4日】山近義幸理事長代行 『歴史学』
○赤羽郁也くん(学習院大学・3年)
[感想]
今回の講義は「歴史と人間力」というテーマのもと、話題の中心は徳川家康だった。
家康の失敗学について学べることが多いと思う。
「織田がつき、羽柴がこねし 天下餅 すわりしままに 食うは徳川」という言葉があるように、
家康はじっくり天下取りを待ち続けた人物である。
当時の平均年齢が50歳である中、家康が天下を取った歳はなんと59歳である。
それほどまでに家康は慎重な人物であった。
途中で調子に乗るなんていうことは決してなかった。
なぜ、家康はこうなったのか。それは最初の戦いに敗走したことが原因と考えられる。
家康は若いうちの失敗をその後の人生に大いに活かしていたのだ。
自分も家康のこのような点を真似たい。家康もそうであるが、多くの偉人は幼い頃、若い頃に失敗や苦労をし、それがバネになって将来伸びるという特徴がある。こう考えると、今のうちに多くの挑戦をしなければという気概が芽生えてくる。失敗は失敗の方法を一つ覚えたとポジティブにとらえ、挑戦し続けたい。
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○大美賀章裕くん(琉球大学)
【江戸時代からの学び】
社長の講義スタイル、
「人のこと」中心というのが、この講義にもみてとれました。
日本人に、
・織田
・豊臣
・徳川
のだれが好きか、という質問をすると、
大部分が「織田」や「豊臣」と答えるということでした。
しかし、今回徳川家を学び、かなりイメージが変わりました。
「徳川家のココがすごい!」
・まず300年続いている。江戸時代を会社としたら、300年続いている会社はあるだろうか。という言葉に納得。
・家康は手紙マニアだった。
譜代大名全員に大名に自分で書いた手紙を出していた。
言葉を持つことの大切さ。言葉を尾たなければ伝わらない。
手紙の意味:今でいう経営計画書であった。幼いころに人質になり、怖い思いをしたことから、平和を心から願う手紙。
・合議(老中、若年寄、目付、奉行)を作る。
仕組み(その他多くの法律)を作り、国を治めた。
仕組みだけではなく、人がどうあるべきかという、
義や恩といったものが少し欠けていた。(豊臣に比べ)
・めちゃめちゃエコだった。
江戸の城下町はポイ捨て禁止。また、山川の破壊禁止。
日本にきた外国人が驚くほどで、
世界最大都市であった(10万人以上。)
・寺子屋の大ブーム
子供でも字がみんな読めるのは、世界から見ても江戸くらいであった。
・遊びも増えたが、没落する商人も増え、
倹約の見直し。
→二宮尊徳(二宮金次郎)の登場。「積少為大」「知行合一」などの言葉がある。
約260年の間、国を支え続けたのは、リーダーの努力だけではないと感じました。
何よりも人を大切にした家康。
宝物は何かと尋ねられたとき、
「部下」です、と答えられるカリスマ性に魅かれました。