【9月4日】山近義幸理事長代行 『歴史学』
2009/09/04
○赤羽郁也くん(学習院大学・3年)
[感想]
今回の講義は「歴史と人間力」というテーマのもと、話題の中心は徳川家康だった。
家康の失敗学について学べることが多いと思う。
「織田がつき、羽柴がこねし 天下餅 すわりしままに 食うは徳川」という言葉があるように、
家康はじっくり天下取りを待ち続けた人物である。
当時の平均年齢が50歳である中、家康が天下を取った歳はなんと59歳である。
それほどまでに家康は慎重な人物であった。
途中で調子に乗るなんていうことは決してなかった。
なぜ、家康はこうなったのか。それは最初の戦いに敗走したことが原因と考えられる。
家康は若いうちの失敗をその後の人生に大いに活かしていたのだ。
自分も家康のこのような点を真似たい。家康もそうであるが、多くの偉人は幼い頃、若い頃に失敗や苦労をし、それがバネになって将来伸びるという特徴がある。こう考えると、今のうちに多くの挑戦をしなければという気概が芽生えてくる。失敗は失敗の方法を一つ覚えたとポジティブにとらえ、挑戦し続けたい。
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○大美賀章裕くん(琉球大学)
【江戸時代からの学び】
社長の講義スタイル、
「人のこと」中心というのが、この講義にもみてとれました。
日本人に、
・織田
・豊臣
・徳川
のだれが好きか、という質問をすると、
大部分が「織田」や「豊臣」と答えるということでした。
しかし、今回徳川家を学び、かなりイメージが変わりました。
「徳川家のココがすごい!」
・まず300年続いている。江戸時代を会社としたら、300年続いている会社はあるだろうか。という言葉に納得。
・家康は手紙マニアだった。
譜代大名全員に大名に自分で書いた手紙を出していた。
言葉を持つことの大切さ。言葉を尾たなければ伝わらない。
手紙の意味:今でいう経営計画書であった。幼いころに人質になり、怖い思いをしたことから、平和を心から願う手紙。
・合議(老中、若年寄、目付、奉行)を作る。
仕組み(その他多くの法律)を作り、国を治めた。
仕組みだけではなく、人がどうあるべきかという、
義や恩といったものが少し欠けていた。(豊臣に比べ)
・めちゃめちゃエコだった。
江戸の城下町はポイ捨て禁止。また、山川の破壊禁止。
日本にきた外国人が驚くほどで、
世界最大都市であった(10万人以上。)
・寺子屋の大ブーム
子供でも字がみんな読めるのは、世界から見ても江戸くらいであった。
・遊びも増えたが、没落する商人も増え、
倹約の見直し。
→二宮尊徳(二宮金次郎)の登場。「積少為大」「知行合一」などの言葉がある。
約260年の間、国を支え続けたのは、リーダーの努力だけではないと感じました。
何よりも人を大切にした家康。
宝物は何かと尋ねられたとき、
「部下」です、と答えられるカリスマ性に魅かれました。
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